paradoxriderの日記

バイクや車、カメラなどのことに触れていきたいと思います

日本紀行 第5回 宮城

先日、車のタイヤを替えました。銘柄はアドバンデシベル。それまで履いていたのと同じものです。

 

レグノも考えましたが、以前履いていた時の印象では、確かに静かなのですがアドバンの静かさも負けず劣らずで、さらにハンドリングが軽かったということを思い出して、こちらにしました。

 

新品のタイヤは乗り心地がいいですねぇ。同じ銘柄とは言え、駐車場を走っただけでアタリが柔らかいと感じるほどでした。スリップサインが出ていたタイヤとは大違いです。

 

WRXSTI でこんなタイヤを選ぶのは王道ではないのかもしれません。ワタシは、公道で走る限りにおいては、グリップ力に頼らなくてもコーナリング性能はウデで何とかなると思っています。でも「静かさ」は自分の力ではどうにもならないので、タイヤ選びでは静粛性を一番に考えています。

 

そもそも「アドバン」ですからグリップ力がプアなわけではありません。静かで雨にも強く、アドバンブランドに恥じない走り。何の不足がありましょうか。

 

いや、ありました、ひとつだけ。

 

お値段です。

 

245/40-18 ✕4 は高かったです・・・。でも、フェア中ということと、4月から値上がりするという話がワタシの背中を蹴っ飛ばしました。

さようなら、諭吉ズ・・・。

 

今週末はバイクのタイヤとブレ-キパッドの交換です。

さようなら、諭吉ズ・・・。

 

 

 

今回は宮城編です。

 

 

ワタシが宮城へ初めて行ったのは、20歳の学生だった時。当時、精神が崩壊寸前のところまで追いつめられる出来事があり、気を紛らわせるためによく走りに出かけていました(暴走族じゃないですよ)。

 

ある夜、些細なことでアパ-トの部屋にいることが耐えられなくなり、深夜にバイク ( GPz400 )で出かけました。行くあてもなく R6 を北上している途中、看板の「仙台」の文字を見て、友人がいることを思い出して行ってみることに。

 

住所しか覚えていなかったので不安9割でしたが、看板や電柱の表示を見たり通行人に聞いたりして、奇跡的に早朝に着くことができました。いきなり行ったものですから先方もビックリ。ただ、レポ-トを仕上げなければいけないということだったので、ワタシは部屋の片隅で仮眠をとらせてもらい、午後近くになって大学にレポ-トを提出してから改めて再開を喜び合いました。

 

思い出話やお互いの近況を話しているうちに徐々に気持ちがほぐれ、精神的に楽になったのを覚えています。まあ、そこから一晩中語り明かしたので、肉体的にはしんどくなりましたが。

 

再び仮眠をとり、お天道様がそこそこ上がってきたとき、友人が「松島へ行こう」と言い出したので、2ケツ(女の子を乗せるのは「タンデム」という)で出かけました。二人とも初めて行ったのですが、感想は

 

「ふ~ん・・・」

 

毎日瀬戸内海の島々を見ていた者としては、特に目新しい風景ではありませんでした。

 

早々にその場を去り、海でぼーっとすることに。近くの海水浴場に行ったのですが、その時は8月。「ぼーっ」となんてできません。「おーっ」と声が出そうな光景が目の前に広がっているのですから。砂浜に座って話し込む私たちですが、視線は落ち着きません。互いに「え、なんて言った?」と聞き返すほど注意力散漫状態になっていました。

 

たくさんの海水浴客がいましたが、突然人の動きが不自然になりました。そちらの方向を見ると、人が集まっては分かれるという動きをしていたのです。だんだんその動きがこちらに近づき、やがてモーゼが海を割ったように、人だかりが左右に分かれてその間を歩いてくる人が。

 

白ワンピ水着の女性

 

でした。

 

白ワンピ水着・・・。透けるんですよねぇ・・・。

 

御当人は気づいていないようでしたが、みんなの視線を浴びて(当然だ!)まんざらでもない様子。

 

我々は思わず顔を背けましたが、二人とも視線は目標にロックオン。あの時のおねえさん、ごちそうさまでした

 

こうして、宮城に行ったことでワタシの気持ちは落ち着くことができ、無事学生生活を継続することができました。そう考えると宮城はワタシにとって救いの女神だったのかな?

 

 

とまあ、こんなハッピ-な出会いをした県でしたが、東日本大震災によって印象は一変しました。震災1年後に仙台市内で1泊しましたが、あちこちに残る被害の跡を目にして地震の規模の大きさにぞっとしたことを覚えています。

 

その後も、鉄道ヲタクの友人と写真を取りにいったついでに何度か宮城に寄りました。途中の風景で一番印象に残っている写真がこれです。

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被災した学校

写真には写っていませんが、この建物の周囲はなにもありません。すべて津波で流されて原野になった場所に大きな校舎の廃墟がひとつ。シュ-ルです。撮影当時は、ここは立ち入り禁止ではありませんでした。この建物にかまっている場合ではないといわんばかりの扱い。それほど当時の行政には余裕がなかったということがうかがわれます。

 

それでも鉄道が復旧したり

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復旧時の第1便 イベントは無し 

工事が進んだりして

 

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よく知られた場所 周囲は大工事中

徐々に新しい生活が生まれていくのを見ることができました。

 

 

福島へ行くたびに、足を延ばして宮城にも行きたいといつも思っていますが、宮城で一泊、岩手で一泊となると6連休は必要です。今後の宿題にしておきましょう。

 

宮城に行くとお土産に買うのは萩の月。これは外せません。牛タンなんてものはワタシの学生時代には何にも言ってなかったのでピンときません。おいしいですけどね。でもやはり上品な味のあのお菓子は格別です。また食べたいなぁ・・・。

 

それ以外の宮城の印象は、実は薄いです(ゴメンナサイ)。どうしても「みちのく」への通過点としてしか見ていなかったからでしょう。いいところもたくさんあるはずなので、なんとか機会を作ってまた行きたい県の一つです。

 

 

 

ではまた。