paradoxriderの日記

バイクや車、カメラなどのことに触れていきたいと思います

この週末・・・

待ちに待った週末でした。天気もよさげなので、2日間ともアクティヴに過ごす予定でした・・・。結果、まあヒマになることはなかった2日間を過ごすことができました。

 

 

伏線は金曜日。早朝私の家に母親が来ようとしていました。時間は6時半、まだ暗い時です。母親は高齢のため手押し車を使って歩行していますが、その時はまだ暗かったので先が見えておらず、約10㎝の段差で倒れ顔面を強打してしまいました。顔面を強打したものの痛みだけで傷はなく、そのまま自宅に帰りました。

 

 

明けて土曜日は晴れ。最高気温は 11℃ とのこと。これは Tiger Explorer 発進でしょう。

まずはもやいを解いて

 

鍵を探し出すのが手間 でも時々一発で当たる

 

今回は毎月恒例の徳島巡回。出発が 30 分ほど遅れたのでちょっと急ぐ。こんな時に限って先行車は私の県のナンバ-を付けたトラック。どいつもこいつも道を譲る気は 1 ミリもない。こいつ、こんな自己チュ-な運転をしているのなら、会社のトラックを降りて自分の車に乗ったらさぞやバカな運転をするんだろうな。

 

黄線の道なので、この走りでも忍の一字。この道、よく白バイが出るからなぁ。それに少しではあるが凍結場所が残っているので、路面状況が悪ければ勝手に事故ってくれるだろう。まるで洞窟探査の時に使うカナリアだな。車間を開けて追従して行こう。

 

 

結局第一目的地のお宝ショップには開店10分後に到着。探査を開始し、いくつかゲット。

エヴァンゲリオン リゼロ ウマ娘

鬼滅の刃」関連のものの値落ちが激しい。次回作ができたらV字で価格上昇するかな。買うなら今のうちだぞ、転売ヤ-!

 

リゼロ以外は初ゲットのものなので満足した。その後いつもの王王軒へ。ちょっと着くのが遅れて7番目くらいに到着。この日は開店即満員。客が戻ってきて完全復活かな。よかったよかった。

今回のは一段とうまかった気がする 気のせい?

 

久しぶりの日差しの中、帰りはあえて後続車のいない辺鄙な道を選び、スピ-ドを落としてのんびり走行。こういう「ぬたーっ」とした走りは最高に気持ちいい。

 

帰りにスーパ-に寄って総菜を買い込み、夕食で食べた。

 

食後、母親から TEL 。前日にぶつけたところが痛くてたまらないと言う。救急車を呼ぶほどではないが、翌日病院に連れて行くことになった。

 

 

翌 3:00 、あまりの気持ち悪さに目が覚めた。リバ-ス 15 秒前といった感じか。飛び起きて有事に備える。幸い飲む胃腸薬があったので、それを服用して様子を見ることにする。もちろんトイレの横で。

 

1時間ほどたつとだいぶ気分がよくなってきた。昨日の総菜がよくなかったのか。メンチカツと揚げ春巻き、脂っ濃かったものなあ。薬があって助かった。でもいつの間にこんなの買ってたっけ?と思ってパッケ-ジを見ると、期限の欄に「 2010.1.31 」と書かれてあった。違う意味で心配になった。

 

 

母親を病院に連れていくために、昼前に実家を訪問。顔を見てビックリ。左半分の8割が紫色に変色していた。ウチの母親のツラの皮は厚いが、アスファルトの敵ではなかったようだ。

 

病院に連れて行くときの不安が一つ。医者に「これ、虐待じゃね?」と疑われることだ。なのでいつもより丁重に病院の窓口までご案内させていただいた。

 

一通り診察して、骨や頭に異常はなく打撲のみだが、念のため月曜日にもう一度来るようにと言われた。

 

この程度で済んだことは不幸中の幸いだった。本人もこれで気を付けて歩くようになってくれればいいのだが、心配しすぎて出歩かなくなったら困る。もしそうなってしまうとアルツィ-へまっしぐらだ。いろいろと雑事を頼み、適度に動いてもらうことにしよう。

 

この日行った病院は個人病院。日曜ということもあり患者さんは少なく、ノンビリム-ドだ。いつも総合病院に行っていて事務的・効率的な職員の言動に慣れているので、こういった小さな病院の気さくで垢ぬけない雰囲気は新鮮だったし、ほっこりした気分になれた。診察の合間に聞こえる医者と看護師の雑談も心地よい。自分が患者でもないのになぜかちょっと癒された気がした。

 

 

その後母親を自宅に送り、ワタシはスーパ-でお買い物。学習効果により、揚げ物類以外の総菜を買い、テレビを見ながら夕食。あとはだらだらと過ごした。

 

 

特に時間に追われるイベントがあったわけではありませんが、なぜかあわただしさを感じる週末になってしまいました。でもそのおかげで皮肉にも充実感あふれる休日になったのも事実。やはり少々苦労があったほうが刺激になっていいのかもしれません。その「苦労」とやらに耐えられる、乗り切れるパワ-とスキルを身につけておきたいものです。

 

 

ではまた。

日本紀行 第19回 神奈川

インタ-ネットの調子、おかしいままです。

 

ケ-ブルインタ-ネットの会社の人が来て診てくれましたが、その結果、回線はつながっているとのこと。データをダウンロ-ドしようとしても光なのに 300kb/s というクッソ遅さに加え、数分で止まってしまうと言っても、これ以上は打つ手がないという返事しかくれませんでした。

 

何か設定が間違っているのかなぁ?でもどうしようもないので、止まったら手動で再開させるしかありません。しばらく様子を見てどうしてもダメだったらもう一度連絡してみようと思います。

 

こんなトラブルも解決できないなんて、インタ-ネット社会もまだまだですね。もっとユ-ザ-フレンドリ-にならないもんかなぁ。

 

 

気を取り直して、神奈川編です。

 

 

ここも学生時代に行ったのが初めてです。四国の人間からしてみると「神奈川」と言われても「?」ですが、「横浜」と言われたら「おお!」となります。なので通過を除いた神奈川初体験はもちろん横浜でした。とは言ってもメシ食いに中華街へ行っただけですけどね。

 

行ったお店は聘珍楼。貧乏学生にとっては清水ジャンプの心境(お財布的に)でした。それでも行かなくてはいけない時がオトコにはあるのですよ!見栄を張って連れて行ったのですが、想像通りお値段を見てビックリ!でもそんなことをおくびにも出さず、平然を装い「何でも好きなものを頼んでよ」と言い放つ姿を今思い返すと、恥ずかしいやらかわいいやら。

 

この時、周囲の客層を見て「経済格差」というものを実感しました。現在でもこの言葉がよく使われていますが、バブル経済前まではもっと格差は大きかったように思います。だって今なんか、多くの人が「金がない、補助しろよ」と言いながら生活費以外に諭吉レベルの金を突っ込んでるんですから。昭和の人間からしてみると、そんな程度で「格差」だの「貧困」だの言ってる姿は滑稽でしかありません。

 

 

話を元に戻して。

 

横浜は明らかに生活水準が高そうな街、という強烈な印象を植え付けられました。なんだか神戸に似てますね。「異国の雰囲気を残すおしゃれな街、大都市の近くにあるがそこと自分を比べようとしない街」という唯我独尊の存在という意味で。

 

そんな不思議な雰囲気を味わいたくて、東京に行った際にはよくここへ足を延ばすようになりました。

 

ただ、あまり街歩きはしていないんですよねぇ。時間を見つけてやってみたいなぁ。CP+ に行ったらうろついてみようかな。

 

 

横浜から始まった神奈川への関心ですが、それが広がって他の場所へも行くようになりました。宿は横浜か鎌倉でとることが多いです。

 

 

鎌倉といえばまずこれでしょうね。

鎌倉大仏 お、手前にも仏像が(失敬)

まあ、でかいんですけど外にあるのでそこまで大きくは感じませんでした。奈良大仏のほうが 3m デカいらしいんですが、もっと大きく感じます。

 

 

もう一つはここです。

鶴岡八幡宮

 

弓道をやっていた身としては、ここの流鏑馬は一度見てみたいものです。

 

これらの2枚の写真は数年前に行った時のものですが、ちょうど「爆買い」がお盛んな時期だったので、日本人より大陸の方々の姿が多かったです。でもおもしろいのかなぁ??寺社仏閣は自分の国のほうがたくさんあるでしょうに。

 

 

あと、忘れちゃいけない交通手段。

江ノ電

本当に民家のすぐ横を走るんですよね。実際乗ってビックリしました。そんなスリリングな場所や海沿い、道路面などいろんなところを走るので、外を見ていて飽きません。でも観光シ-ズン中は乗りません。駅のホ-ムはあふれんばかりの人人人。ファーストペンギン待ちみたいで怖くて・・・。

 

 

鎌倉中心部から少し離れた所にある獅子舞にも行きました。紅葉シ-ズンの初めでしたが、朝一だったのであまり人もおらず、山の紅葉を楽しめました。

登り口近く

 

あまり手の入っていないような山です

 

ひっそりとした紅葉 なんともいえない味がある

 

遊歩道から見えた富士山

 

 

鎌倉には「歴史があり品がある街」、「格式やプライドを感じさせるけれど、それを振りかざさない奥ゆかしい街」というイメ-ジをもっています。さて、ほんとのところはどうなんでしょうね?

 

 

他によく行くところといえば横須賀です。軍港めぐりの遊覧船に乗って船を見たり

海上自衛隊の船だけでなく、米軍の船もいる(3枚目)

 

三笠公園へ行ったり。

戦艦三笠&東郷平八郎元帥

 

やはり横須賀は軍都なんだなあと実感します。

 

 

あと、ちょっと変わったところでは防衛大学校も興味深かったですね。予約制の見学に申し込んで見に行きました。

講堂 卒業式に帽子を投げ上げて外に飛び出していく所

 

F1 割と小さい

 

74式戦車 「戦車は火砕流の中でも進むんですガルパン」の「戦車」はコレ

 

授業に行くときの風景
「2人以上になると『隊』だから、個人で移動する時以外は行進」とのこと


いろいろと説明してくれて休憩場所に着くと、そこは売店。グッズを買い漁ってしまいました。他の基地見学や防衛省での休憩場所も売店です。自衛隊さん、商売上手ですな。

 

 

さらに変わったところの真打ち登場! 金山神社です。ここは

日本で一番の奇祭、奇祭オブ奇祭

が行われる場所です。その名も

 

かなまら祭

 

といいます。どんな祭りかというのはヒジョーに説明しにくいので、詳しくはググってください。一応、行ったことがあるという証明のため、2枚だけ写真を貼っておきます。

かなまら祭にて はしゃぐワタシ

 

外国人観光客も多いです。海外メディアも取材に来ます。まあそりゃこんな祭り、世界的にも珍しいでしょうね。ある意味、ニッポン独自の文化ともいえるでしょう(?)。

 

まっすぐ歩けないほどの人出があり、出店やイベントもたくさんあります。あるのですが、どれもこれもピ-がらみのものばっかり。ピ-の形をした飴やお守り、グッズが大量に売られているので、四方八方ピ-ばかり。ピ-に包囲された気分を味わえます

 

出し物で唯一安心して見ていられるのは、巫女さんによる舞の奉納。でも舞っている周囲には当然ピ-チン 座。そんな中で真顔で舞う少女たち。シュ-ルです。

 

ピ-の形をしたご神体を乗せた神輿(エリザベス神輿、だったかな)を担いで練り歩く頃には会場はカオス状態の絶頂になります。そんな会場の片隅に人だかりを見つけ行ってみると、女性客たちが熱心に大根をピ-の形に削っていました・・・。んー・・・。

 

 

神奈川は、その土地の古さや新しさがそれぞれ独自に進化していることで、東京に飲み込まれることなく個性を表現し続けることができていると思います。それも「県が一丸となって」というのではなく、それぞれの要素に個別の魅力があるのでおもねらずとも自然に人が集まってくるような、魅力的な県です。

 

だからでしょうか、あまり「ウチいいよ、お願いだから来てみてよ」というアブラギッシュで力業的な観光熱は感じられません。こういうのを「地力のある県」っていうんでしょうね。なので、いちばん神奈川をライバル視しているのは、もしかしたら東京なのかもしれません。

 

ただ惜しいのは、絶対強者の東京富士山を擁する静岡に挟まれ、外部から見ると個性と知名度がやや目立たないということです。でもまたそこがいいというのも事実。結局神奈川とは、派手で飛び道具的な観光目玉はないけれど戦闘力はかなり高いという、重巡洋艦のような県なのではないでしょうか。

 

 

神奈川県の皆様、さんざん好きなことを言ってすみませんでしたぁ!

 

 

ではまた。

 

 

 

さらば、DELL こんにちわ、NEC

先週末、パソコンが天寿を全うしました。

享年 10 歳。

 

Window 7 マシンとして我が家の仲間入りをし、3年ほど前に Windows 10 にバ-ジョンアップ。よく働いてくれましたが、ドライブから「カリカリ、ガ-ッ」という音が1年ほど前からよく聞こえるようになりました。

 

そして年末、とうとう Windows が立ち上がらなくなりましたが、なぜか突然の復活を果たしたのです。

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今回、再び立ち上がらなくなりました。ディスクの修復→失敗というのを2日間繰り返した結果、もう無理だなと判断し現役を引退してもらうことにしました。

 

 

さて、次に何を買うかを考えましたが、私はゲームもしないのでそんなに高性能なものは必要ないし、スペ-スには困らないのでデスクトップ型がいいなあと思い同僚に相談すると、「型遅れでもいいんじゃない?」と言われ、行ってきました、「ヤマダアウトレット」

 

並んでいる商品のほとんどはノート型。デスクトップ型は3台のみ、それも中古品。でもその中の1台が

2022 年式 NEC Lavie、 Office がついて消費税をあわせても 9 諭吉弱 

だったので即決し、わが家へ迎え入れました。

 

帰宅後すぐ、箱を抱えてパソコン部屋に入ると、壊れていたはずの DELL が起動した状態で私をお出迎え。

 

どゆこと?

 

サンタさんのおかげで年末に息を吹き返した DELL 君が同じことをやってくれました。

ワタシをからかっているのかな、サンタさん??

 

でも復活してくれたおかげで内蔵ディスクに入っていた 1ギガのデータを無事救出することができました。もしかして DELL 君が最後の力を振り絞ってデータを助けてくれたのかな?いや、そうに違いない!

 

「ありがとう(泣)」と一声かけて電源を落とし、つながっていたケ-ブルを外し、定位置から 10 年ぶりに引っ張り出しました。機械とはいえ 10 年間ほぼ毎日働いてくれたので、相棒のような気がしてちょっとしみじみしてしまいました。

 

 

で、ガタイが一回り小さいニュ-フェイスがその位置に収まります。ケーブルを差し込み起動させ動かしてみると速い速い。やっぱり 10 年の差ってやつはでかいですね。エクスプロ-ラが開くのは速いし、インタ-ネットをしてもさくさくページが変わります。Ninja900 と ZZR1100 の差ぐらいはありそうでした。

 

一通り設定と動作確認をして、最後にデータのダウンロ-ドをやってみると・・・

止まる

 

あれ?もう1回やってみる・・・

止まる

 

ん?ええい、もう1回・・・

止まる

 

おいおい、もう1回・・・

止まる

 

再開させても速度が低下しながら数分で止まります。

 

 

回線がおかしいのかなと思いプロバイダの会社(ケーブルテレビ)に連絡し、電話の向こうからの指示に従ってあれこれ試しましたが

止まる

結局、インタ-ネットができるということは回線は生きているのでこちらは問題ない、あとはパソコン製造会社に問い合わせてほしいという返事をもらいました。

 

 

翌日、NEC に電話をしてサポ-トをお願いしました。電話の向こうからの指示に従ってあれこれ試しましたが

止まる

結局、考えられることはすべて試したがこれで直らないのなら機械的な問題かもしれない、あとは販売店に問い合わせてほしいという返事をもらいました。

 

 

翌日、販売店に行ってきました。この店には購入 5 日以内であれば返金してくれるシステムがあるので、返金してもらったお金をもって新品を買いに行く覚悟を決め、開店と同時に入店。パソコンに詳しそうな店員さんが応対してくれ症状を話したところ、「試してみましょうか」と言われて本体を機器に接続。5ギガぐらいのファイルをダウンロ-ドすると

止まらない

 

あれ?「こんどは 10分くらいかかるファイルをダウンロ-ドしてみましょう」と言われ、やってみると

止まらない

 

 

どゆこと?

 

 

店員さんからは、

考えられるトラブルはモデムかケーブル。でももしケーブルが原因なら、速度が落ちながら止まるということはない。だからモデムに問題がある可能性が非常に高い

というお言葉をいただきました。

 

ちょっと時間と手間がかかりましたが、買い替えなくて済みそうです。よかったよかった。新品でこのスペックだと、Office も合わせると 20 諭吉近くになるもんなぁ。

 

 

再びパソコンを車に積んで家に持ち帰り、「まさかな」と思ってつなげると

止まる

 

これではっきりしました。じっちゃんの名にかけなくてもわかります。犯人は店員さんの言った通り「モデム 」でしょう。

 

 

再びプロバイダに連絡をしていままでのいきさつを話すと、モデムの交換をしてみるという回答をしてくれました。そりゃ製造会社も販売会社も問題ないと太鼓判を押したのなら、プロバイダが折れるしかないですわな。最初からやってくれてたらよかったのに・・・

 

でもこれだけ高機動でやらないと対処してくれないんですね。IT 社会といっても、コンピュ-タはまだまだ家電ほど「こなれていない」というのを痛感しました。

 

 

モデム交換は今日の夕方。完璧に動くようになることを期待しています。

 

モシコレデナオラナカッタラドウシヨウ・・・

 

 

ではまた。

日本紀行 第18回 群馬

日本紀行、第18回です。

 

山梨の次は南下して神奈川について書こうと思ったのですが、前回、前々回と海無し県だったので、それつながりで今回は群馬県です。

 

 

四国の人間からすれば、群馬は謎の地。なので、学校で習ったこと以外の知識は全くない人がほとんどです。ですから、「ぐんま」と言われても漢字で書ける人は少数ですし、白地図上で群馬の位置を答えられる割合は普通預金金利並みだと思います。それくらい「群馬」という地は馴染みのない所なのです。実際、ワタシも最近まで「高崎」が県庁所在地だと思っていましたもの。

 

まあ、群馬の人たちからしてみれば四国も同じようなものでしょうが。

 

 

そんなワタシが初めて 秘境 群馬へ行ったのは大学1年の 6 月でした。バイク ( GPz400 )を買って 1 週間経った時、サークルの「バイクご購入おめでとうツーリング」でのことです。目的地は赤城山。バイクも免許もハツモノの人間をいきなりあんなところに連れて行くなんて、なんと優しい先輩方なのでしょう(恨)。

 

初めての道を初めてのマスツーリングで走ったため、赤城山の近くまで来た頃には余裕無しのいっぱいいっぱい状態。リーダーの「あとは自由走行で」という言葉とともにそのまま赤城北面道路に入ります。ワインディングなんか走ったことがないのにいきなりの単独走行とは、なんという罰ゲーム状態。

 

いやもう、ほんっとーにタコでした、ワタシは。こんな道の走り方なんか知らないのですが、雑誌の記事で「コーナリング中はエンジンの回転数をドロップさせず、むしろ開けて」と書いてあったのを思い出し、クラッチを切って回転数を保持したまま曲がっていました(驚)。当然、走るパイロン・動くシケインに。よくもまあ、あんな走り方を・・・(恥)。

 

当時のウチのサークルのツーリングは、とにかく「走る」のが目的でした。「観光?なにそれ、おいしいの?」というコンセプトで活動していたので、その後のワタシのバイクライフにも最近まで大きな影響を与え続けました。刷り込みって怖いですねぇ。

 

なのでゴール地点で約10分間の休憩の後、帰ります。ワインディングの下りの恐怖をたっぷりと味わい、暗くなってきた平地ではハイスピードで走る諸先輩方の後を必死で追いかけました。道を知らないものですから、置いて行かれたらオワリ。疲れとプレッシャー、緊張感との戦いで、休憩のたび先輩たちに

「あと何キロですかぁ・・・?(泣)」

「あと何時間ですかぁ・・・?(泣)」

と、蚊の泣くような声で聞き続け、無事戻ってきた時には、耐久レーサーも真っ青、石徹も真っ白 になるぐらいに燃え尽きていました。

 

そんな経験があったものですから、「群馬=怖い」とワタシにインプリンティングされてしまいました。

 

 

そんな私を不憫に思ってか、サークルのメンバーはあちこちに誘い出してくれました。

 

早朝にいきなりアパートの部屋に乱入してきて「おい、榛名山行くぞ」と宣言する先輩。その人の MTX125 とワタシの RA125 で発進。到着すると湖の駐車場でUターンし、給油以外はバイクから降りずにそのまま帰ってきた謎のツーリング。

 

早朝にいきなりアパートの部屋に乱入してきて「おい、昼飯食いに行くぞ」と宣言する同輩。その人の super Hawk とワタシの GPz400 で発進。行き先も告げられないまま走って、着いた先が横川のおぎのや。釜飯を堪能したらすぐにUターンし、食事と給油以外はバイクから降りずにそのまま帰ってきた謎のツーリング。

 

などなど他にも数度。茨城と群馬は近いのですが、その割にはあまり頻繁には行っていません。無意識にライバルだと認識していたのかもしれません(両県の皆さん、すみませんでした)。

 

 

よく行くようになったのは地元に帰ってからです。関東や東北ツーリングの時には、諏訪湖まで高速を使いそこから R142 等を使って東進、沼田から日光経由で宇都宮へ行きそこで 1 泊、がお決まりのコースだったので、はじめは単なる通過県でした。ですが他県のケースと同じように、段々と興味が湧いてきて、立ち寄ったり目的地になったり。

妙義山 初めて見た時はビックリ

 

R18 沿いの旧鉄橋 この橋のおかげで道は大渋滞 道端には普通にサルが

 

富岡製糸場 ユネスコ登録勧告の直後に行った 当然大混雑

 

学生の時にはここには来なかった

 

吹割の滝 きれいだけど「東洋のナイアガラ」は言い過ぎ?

 

慰霊の園 R299 を走っていて偶然立ち寄った
犠牲者の皆様のご冥福をお祈りいたします

 

鉄ちゃんの友人とともに

 

ま、極めつけはここでしょうね。

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これほどのものがあるということは、まだ他にもたくさんの楽しい場所があるに違いありません。フツーのものから常識外のものまで、幅広い守備範囲を誇る群馬、大好きです

 

鉄道で行くことが増えてきているので、ぼつぼつバイクで行きたいなぁ。ということで、GWのツーリングは群馬泊を入れた日程にしました。今まで泊まったのは高崎、前橋、太田、渋川だったので他の街でとも考えましたが、観光地(特に温泉)は高い! なので翌日の旅程も考えて前橋のビジホを予約しました。お前はまだグンマを知らない(ワタシの群馬学のバイブル)聖地巡礼をしてみますか、ワークマンのウェアを着て。

 

 

ではまた。

おさんぽツ-リング 2023/1/22

先週末に「最大級の寒波」が来るというお知らせがありました。土曜日に仕事が入り、代休は月曜。なので日曜に走りに行こうと思っていたのですがこりゃ無理だなと思い、土曜は仕事が終わってから夜更かし。正月に録りためた番組を観たのですが、番組が悪かった!

孤独のグルメSP」

だったのです。あれ、夜に見ちゃダメですね。

番組を見る→ハラが減る→なにか作る→食べる→番組を見る→ハラが減る・・・

という無限ループに突入しました。おかげで最終的には満腹で寝落ちでした。

 

 

で、目覚めたのが午前 8 時。おお、いい天気じゃん! また神様の「なーんちゃって」攻撃かぁ? でもまだ 8 時、いくぜいくぜ、オレはいくぜ(@動物のお医者さん)と鼻息荒く出発準備。

 

でもこの時間からの準備だと中途半端なところへしか行けません。なので今回は

「地元発見、 知らない道アタック!」

ということで、

・できるだけ知らない道を走る

・交差点で迷ったら細い方の道に入る

・道路番号の大きい道を選ぶ

というのをやってみることにしました。

 

これまでも似たようなことはやっていたのですが、いかんせんタイガ-は重量級、変な道に入って身動き取れなくなったらどうしよう、という警戒心があったためどうしても徹底できませんでした。

 

ですが、一度の転倒、買い替え決定ということがワタシの気持ちに踏ん切りをつけてくれたのです。もうそう遠くない時期にタイガ-とはお別れになるので、このバイクの楽しさもしんどさもしゃぶりつくしてやろうと思っていたので、ちょうどよい機会になりました。

 

 

んじゃ、そういうことで、行きましょう。とその前に、ちょっとメンテ。タンクキャップの鍵穴にはカギが入りにくいし、入っても回りにくいという状況。カギが折れるんじゃないかと思うぐらい力を入れなければいうことをきいてくれません。なので潤滑剤を一吹き二吹き。

鍵穴とキャップの爪(赤いところにある出っ張り)に

 

5-56 は良くないということは聞いていますが、ほこりや汚れが付着するほどたくさん使わなければいいってことでしょ? てことで適度に使って動きの渋さをとり、無事終了。じゃあ、出発しますね。

寒いので排気管からは水蒸気がたくさん

 

前回バイクで走ったのは1ヶ月近く前なので、ちょっとリズムが狂います。バンクさせる時の体重移動が中途半端になって、どうも曲がりにくさを感じるのです。なのでリーンインとリーンアウトをちょっと大げさ気味に行い、強制的に身体をバイクに馴染ませること約30分。いいカンジにあったまってから本格的にライディング開始です。

 

 

さあ、ここからは縦横無尽に走ります。田舎ワインディングを制限速度マイナス 10km/h でたらーっと流したりキョロキョロしながら走ったりしたので、どこをどう走ったのか覚えていません。初めは上に書いたように走っていたのですが、先行車が曲がる反対の方面白そうな景色のある方人が少なそうな方とかいう条件も付け足しちゃったため、完全に迷子になり「ここどこ?ワタシ誰?」状態に。こんな異世界感、大好きです。

ザ・田舎道

 

空気が澄んでいたので瀬戸大橋もくっきり見えた カメラマンも多数いた

 

工業地帯もバッチリ見えた

 

ある農道ワインディングに入ると、道幅は 1.5 車線分で、コーナーはキツく、アップダウンにメリハリのある道になりました。途中、農場や民家はあるのですが、人の気配は皆無。同じような景色の中を走るので、本当に自分は進んでいるのかと不安になり始めた頃、後ろからスカチューンのバイクが一台。

 

普段であれば振り切るのですが、無人の道を走り続けていて怖くなってきたところだったので、常にバックミラーに姿が映るように走りました。後続車に見守られるようにして走っているうちに、やっと太い道と合流。で、ミラーを見ると、バイクはいませんでした。おかしい、枝道はなかったはずだが・・・?

 

 

朝食ヌキだったので、休憩を兼ねてうどん屋へ。

11 時前でも駐車場はいっぱい

 

うどん ぶっかけ大(3玉)もペロリ

 

 

食後にもう少し走ってみます。海沿いのみかん畑地帯を走っていると、無人販売所がいくつかありました。

文字に惹かれて寄ってみました こわい・・・

 

でも買った たくさん入って ¥300 はお買い得

 

その後、海沿いワインディングを楽しんでから無事帰宅し、買ったみかんを食べながら

「はるみ」という品種らしいです

 

孤独のグルメの続きを見ました。その夜もカロリー過多となりましたとさ。

 

 

おしまい。

 

 

本日の走行距離 : 83.0 km

4 時間走ってこの距離 いかにのんびり走ったかがわかる

 

 

ではまた。

日本紀行 第17回 山梨

さて、17回目、山梨です。

 

初めて行ったのは ワタシが 17 歳の時、高校 2 年で行った修学旅行の時でした。修学旅行の行き先決定発表で先生が山梨と言った時の生徒の反発ときたら・・・。

 

「やまなしぃ?どこにあるの、それ?」

「なんでぇー!!」

「そんなん、行きとないわぁー!!!」            (山梨の皆さん、ゴメンナサイ)

 

という悲鳴と怒号がわき起こりました。当時は1学年8クラス(380 人ぐらい)あったのですが、その生徒全員が同時に声を上げたので、まるで信玄公の騎馬隊が一斉に鬨の声をあげたかのよう。

 

ただ賢い奴もいて、そいつが「山梨って富士急ハイランド、あるんじゃね?」と言うと、叫び声が一転して歓喜の声に。そこで先生が一言。

 

 

 

 

「そこへは行かん」

 

ではどこへ?

 

「富士山だ」

 

うん、まあそれならいいかな、と思ったワタシたちに先生が言葉をかぶせます。

 

先生:「上まで登るわけではないぞ」

生徒:(そりゃそうだろうよ)

先生:「五合目まではバスで行くから」

生徒:(楽勝じゃん)

先生:「ただし下りは徒歩だ」

生徒:「えええええええええ」

先生:「舗装していない登山道でな」

生徒:「えええええええええええええええええええええええ」

先生:「やかましい!」

 

ここで我らの代弁者、学級委員登場です。

「修学旅行なのにそれはないんじゃないんですか?」

よく言った!!

 

先生:「は?うちの学校は修学旅行じゃないぞ」

生徒:「は?」

先生:「至誠合宿だ」

生徒:「は??」

先生:「だから向こうでの活動は体操服だ」

生徒:「えええええええええええええええええええええええ」

先生:「やかましい!!」

生徒:「でもホテルに泊まるんでしょ?」

先生:「いや、富士緑の休暇村、合宿施設みたいなとこだ」

生徒:「えええええええええええええええええええええええ」

先生:「やかましい!!!」

 

時は昭和、先生には生徒の意見を聞く耳は皆無。なので生徒もあっさりしたもので、「ま、なんとかなるだろう」と速攻で諦めモードに入りました。

 

さて修学旅行2日目。前日には雨が降り、「当日に雨が降ったら東京見物な。」という先生の言葉に一縷の望みをかけました。富士山の泥道行軍東京自由見物では天国と地獄、もとい、地獄と天国です。休暇村のうっすい布団の中で、400人近い若人が一心に願いを捧げ、その結果、

 

 

 

 

 

 

 

 

曇り

 

という中途半端な天気となり、無情にもバスは富士山に向かいます。曇っていたので見えるのは山腹のみ。さらに道がくねくねだったのでリバースする人が数名、それを見て「もらっちゃった」人が数名、そのかほりで「もらっちゃった」人が多数。乗車人数の半数がリバース状態という大惨事になったまま到着しました。

 

駐車場は一面の霧で何も見えません。でも先生は無情にも進軍の号令をかけ、我が連隊は下山を開始しました。

 

想像してみてください。雨上がりでぬかるんだ、火山灰混じりの泥濘の登山道。人ひとり分ぐらいの道幅で急勾配です。まともに下りれるはずがありません。ひとりが転ぶと、先行する数名の生徒たちをなぎ倒すさまはまるでボウリング。笑っていると次は自分がピンになったりするので気が抜けません。数時間経ってバスの待っている駐車場着いた時には、全員が罰ゲームレベルのどろんこ状態に。おかげでその夜はよく眠れました。

 

翌日のメインイベントはサントリー山梨ワイナリー」。なんで未成年の高校生にそんなとこへ行かせるのか疑問でしたが、当時のピュアな高校生は、先生の「山梨はぶどうの産地で有名で、ワインという加工品も作っているという現状を知るためだ」という 言い訳 説明に納得したものです。今にして思えば、あれは絶対に先生たちのための企画だったんだろうなあ(確信)。

 

それでも見学はおもしろかったです。こんなの見たことなかったですから。そのあと一行は流れるように土産物売り場へ。当然買いますよね、ワイン。当時は高校生でも普通に買うことができました。ほとんどの生徒は3本パックになっているお買い得セットを買い、不届き者のご乱行を防ぐために買ったワインは名札をつけて先生預かりとなりました。ただアタマの回る一部の不届き者はバラで買って部屋に持込み、夜には宴k・・・・、いや、暴露話はこれぐらいにしときましょう。

 

今から40年前の話でしたが、ワタシが買ったワインは本棚の奥深く、冷暗所に横倒しにして置いたままです。今ではどうなっているのやら。ビンテージものになってたりして。

 

 

というのが山梨初体験の思い出です。その後バイクで走るようになってからは、関東地方のツーリングの要としてよく立ち寄るようになりました。宿泊地の多くは甲府石和温泉です。そこを拠点としてあちこち行きました。

 

雨に煙る昇仙峡へ行って水墨画のような景色に感動したり、当時その近くにあった秘宝館に行って感動したり。

 

今ではゆるキャンでメジャーになった笛吹公園へ一面に広がる桃の花を見に行きましたが、時期が早くて代わりに桜がお出迎えしてくれたり、

桜の景色もよし


そこから南下していく途中の川沿いにも桜があり、いい雰囲気を味わえたこともありました。

絵になるねぇ

 

コアな所ではおいらん渕(写真がないのが残念です)。今では行くことができませんが、当時はすぐ横まで行くことができ、みなさんのご冥福をお祈りしたものです。旧跡なのにそこまで行く道を廃道にしてしまい立ち入れないようにしたのは不思議でしたが、やはり負の遺産だからでしょうかね。

 

 

食べ物で言えば、まずは富士吉田での吉田のうどん。いろいろな具が乗っているのが特徴なので、プレーンな讃岐うどんとは一概には比べられませんが、コシの強さという点においては讃岐うどんのほうが上品系だと思います。

これはこれで美味しいです でも讃岐うどんとは路線が違います

 

あとは、ほうとうかな。

かぼちゃほうとう小作

少し冷える時期に最高ですね、これ。でも真夏に吹き出す汗をぬぐいつつ食べるのも悪くありません。イナカの美味しい煮込み料理(褒め言葉です)という感じがして、ワタシは山梨へ行ったら四季を通じて熱々のほうとうを食べるのを躊躇しません。

 

 

最後に、コレだけは忘れちゃいけない富士山です。いろんなところから見ましたが、一番のお気に入りは

天下茶屋 近くに太宰治の「富士には月見草がよく似合う」の碑が

 

から見た富士山です。

左上に糸巻雲 あの中にラピュタがある!

 

早朝に到着して景色を堪能し、冷たい山の空気を満喫し、好きなだけ写真を撮り、観光客が来始めた頃に撤収というパターンです。だいたい数時間は過ごしますねぇ。どれだけ居ても、光の当たり具合で変わる景色に見飽きることはありません

 

問題はトイレがないことです。天下茶屋はまだ営業していない時間帯なので要注意。それでもしたくなったら?下山するしかありません。なのでいつもここに行く前に必ず済ませていきます。公衆トイレ、作ってくれないかなぁ、でも今の状態だからあまり人が来ないのかも、なら今のままでいいかと身勝手なことを考えるワタシ。

 

 

山梨といえば信玄公なのでしょうが、戦国時代について疎いワタシにはあまり興味が湧く対象ではありません。どちらかといえば東西南北どちらに行っても楽しいという、ターミナル的な存在かな。最終目的地ではないけれど、泊をつけて「プチうろうろツーリング」をしたいと思わせる所という位置付けになっています。

 

歴史的にもメジャーで地理的にも有利なはずなのに、個性の強い県に囲まれているために今ひとつ存在感がありません。ということは、まだ注目されていない、未開発スポットが眠っている可能性が充分にあります。今後も行ってみる価値がありそうです。GWツーリングにぶっ込んでみてもいいな。

 

 

では。

行くぜ、新春初旅行! 2023 3日目(最終日)

いつのまにか 1 月ももう後半です。正月休みが経つのも早かったのですが、その後の時間の経過もあっという間でした。一日一日は短く感じなかったのですが、振り返ってみると時間が経つのが速いこと速いこと。こうやって人生が終わっていくのかなと思うと、もう少し丁寧に時間を過ごしたほうがいいなあという気になります。ささいなことでも意識して対応していけば、ちょっとは時間の経過を意識できるかな。心がけてみますかね。

 

 

3 日目、最終日です。

 

7:00 起床。今日はアキバ巡りなので急がない。以前は朝早くから空いていた店もあったが(駿河)最近では無くなってしまい、コロナの影響もあってかむしろ開店時間は遅くなっている。なので東京最終日の朝はいつもホテルでだらだらして贅沢な時間を過ごす。

 

昨日たくさん歩いた割には脚は平気。よかったよかった。テレビを見たりお菓子を食べたりしつつする準備が痛みと格闘しながら、というのではないのがありがたい。

お世話になりました、R&B ホテル上野広小路 ただいま絶賛改装中
これが終わってもあまり宿泊料が上がりませんように

 

ほほう? 今度寄ってみようかな 喉越しが気になる 

 

9 時にアキバに到着し、荷物はコインロッカーへ。やっぱり一眼レフは重い。D750 はグリップをつけても比較的軽量なので、以前ならこれに交換レンズを加えてフツーに持ち歩いていたのに、今はそんな気にはなれない。体力が落ちたんだなあ。ミラ-レスカメラに買い替えるか、自分を鍛えるかのどちらかが必要だ。タダで済むから後者かな。

 

 

アトレの掲示ラブライブ。たくさんの人が写真を撮っていた。ラブライバー健在なりアキバが舞台だからか、一作目なのにまだまだ人気がある。ストーリーの組み立て方が斬新で秀逸だったからだろう。サンライズの本気が見える作品だった。

このあたりのラブライブはまだあまりわからない

 

やはり μ's が至高!

 

同志よ!

 

さすがアキバとおもわせる広告

 

 

ヨドバシアキバへ行くと、店の前の客は外国人がほとんど。でも以前より欧米系は少ないようだ。ほとんどがアジア系だったが、一時の傍若無人ぶりは見られず、爆買いしていた頃とは落ち着き具合が違う。客層が変わったのだろうか。これからはこちらの受け入れ方が試されるかもしれない。

ここにも帝国の魔の手が

 

カメラコーナーでニコンの Z シリーズを試して見る。性能がいいのはよくわかったが、やっぱりミラーレス、物足りないなあ。撮った画は文句なく綺麗なのだろうが、「撮った!」感が希薄だ。とても美味しいのだけれど歯応えがないというか・・・。一眼レフと違ってシャッターを切っても「スイッチ感」が強く、肩すかし感がある。その後 D850 を触ってみたが、やっぱりこっちの方が写真を撮ったという実感が湧く。ワタシはオールドタイプの人間なんだろうなあ。D850 がディスコンになる前に買っちゃおうか。もう売値が30万を切っている店もあるし。でも重いしなぁ。悩みながら店を後にした。

 

 

その後、恒例のお宝探し。コロナが下火になり客が増えたからか価格が急騰していた。SPY×FAMILYチェンソーマンウマ娘が御三家、五等分の花嫁鬼滅の刃はやや頭打ち、艦隊これくしょんGIRLS und PANZER はコロナ前ほどではないが高値安定っていったところか。これならば地元で買ったほうが安いな。でもガチャガチャのバリエーションの豊富さはアキバならではだ。

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うん、まあ、わかる

 

ん・・・、わからないわけではない、かな?

 

わからない



どの店にもたくさんの外国人が来ていた。特に大陸の若者が。やはり電気製品よりホビーの方に興味があるのか。だいぶ価値観が変わってきたようだ。成熟した(?)なあ。

 

気になったのは、彼らの中には日本在住の人もいるのだろうが明らかに観光客然とした人の方が多いということだ。大丈夫なのか?自国があんな状態でよく来られるなあ。日本人とは考えが違うのだろう。でもみんなマスクをしていた。欧米系はノーマスクが半分くらい。やっぱり国によって対応が違うんだなあ。

 

昼はいつもの萬里で。値上がりしていたが、それでも安くて量も多いので財布は助かる。美味しく完食。

今日は A 定食にすっかなー

 

いっただっきまーす

 

エネルギー補給と休憩で気力・体力が復活したので後半戦に入る。が、道に出て驚いた。大量の人!これだけの人数を見たのはコロナ前以来だ。彼らをかき分けるようにして店を回ったが、薄い本(艦これの全年齢向け)探しをして数冊手に入れた時点で人酔いしてしまい 3 時で終了。人が減ったアキバに慣れてしまっていたのを痛感した次第。

秋葉原駅電気街口にて どんなふうに褒めてくれるのだろう?

 

どうせ混むのだから早めの手荷物検査クリアのため空港へ。モノレールの中ではお子様絶叫。親はスマホに夢中。こんな奴にも税金で援助するのか?カネをやってもそれ目当ての出産が増え、レベルの低い親子を量産するだけでは?カネをあげるより税金を減らした方がいいと思うのだが。

 

 

空港では1時間あまりラウンジでコーヒーを飲みながらぼーっとする。ならばもう少し都内を観光したらいいかなとも思うが、こうやって時間を過ごして旅行を思い返すのもいとをかし。

ラウンジより

 

時間が来たのでバスラウンジへ行き、

今回の機材

 

無事帰投。今回はアテが外れたこともいくつかあったが、年始最初の旅行として楽しむことができた。次回は2月の下旬。突然の追加旅となったが今から楽しみだ。

 

 

今回の振り返り

 

今回は原因不明の飛行機酔いの予感に悩まされました。往路もそうでしたが、復路のほうが強かったです。

 

帰りの飛行機を待つラウンジでの話、なぜか突然の乗り物酔いの予感がしました。やっかいなことに、この気持ちに囚われるとなかなか払拭できないので、酔わないように意識しても焦るばかりでムダ。だから他のことを考えるようにしています。

 

ワタシの場合、難しいことやイライラすること、小難しいことを考えても気持ちが前向きにならずに逆効果だし、そもそも気持ちが入り込みません。なのでできるだけ楽しく、具体的であるが少々面倒くさいことを考えるようにしています。今回のネタは 2023 年の遊びの計画と、夏の北海道旅行の巡回コースのこと。時々はふっと我に返り乗り物酔いの恐怖が「こんにちわ」しましたが、すぐに妄想の世界に後戻りができたことによって事なきを得ました。この日は遅延が起こり、原因不明の不安感との戦いが熾烈を極めたので、本気で「酔い」が怖くなってしまいました。

 

離陸してからはなんとも感じなかったので単なる気分的なものだとは思うのですが、次に飛行機に乗る時は用心しておいたほうがよさそうです。出発6時間前までの食事は控えておくとか。2月の追加旅、ちょっと心配です。

 

 

ではまた。