ようやく今年度の仕事が一段落つきました。思えばあっという間だったような気がします。さらに、仕事も遊びも充実していたので、昨年1年間で落ち込んでいた運やツキ、気力などが戻ってきているとさえ感じられるようになりました。
そんな1年を締めくくる時が来ました。しばらく旅に出ます。なので次回の記事がアップされるのは4月1日になります。しばらくお待ち下さい。
ということで、今年度最後のブログ記事は岐阜についてです。ではどうぞ。
この県もはじめはやっぱり通過県でした。学生の頃高速を走っている時に、「ああ、岐阜ってここにあるんだ、こんな漢字を使っているんだ」というのを知ったのですが、バイクで走っていなければ「岐阜県」の存在さえも知らないままでいたかもしれません。学校でも習った記憶はありませんし。
注目するようになったきっかけは、就職後に関の刃物まつりに大学のバイクサークルOB会で集まるようになってからです。東の人間は信州経由でツーリングを楽しんでから、西の人間はのんびり走って関市文化会館駐車場に朝イチで集合。まつりが始まると同時に個人行動に移り、ずらりと並ぶ屋台で各自買い物をしながらブラブラと見て回り往復。三々五々みんなが戻ってきたらG・SAKAIへ場所を移し、売店でお買い物をしつつふるまわれる焼きそばを頂いて宿へ。宴の際には各自が買ったものを披露して、いかにいいものを買ったか自慢しあうというコースがお決まりでした。この数年はコロナの影響もあり集まることはなくなったので、個人で楽しんでいます。
OB会のミーティングに長良川の鵜飼見物を入れてくれたことがあります。鵜匠の宿にチェックインすると、まずは飼っている鵜の説明。元気いっぱいの鵜たちを見ると期待が高まります。川魚メインのおいしい夕食を頂いたあと、いよいよ見学です。船上の鵜匠が鵜を操る様子を並走する船から見るのですが、松明の光りに照らされたその漁の姿は神々しささえ感じました。
残念なことにその漁の見学は半分ぐらいの時間で終了しまいました。水中の釣り糸が鵜にからまったからです。一部の釣人たちが橋から釣り糸を垂らして違法に釣っているだけでなく、切れた糸をそのまま川に廃棄しているらしく、この時はまさにそれが原因のトラブルとのこと。鵜匠たちは怒りながら鵜から釣り糸を外していました。大事な鵜がそんな目にあったらそりゃハラ立つでしょうねぇ。
そうしていくうちに岐阜に対する親近感が湧いてきたので、足を伸ばして高山や飛騨古川へも行くようになりました。信州ツーリングへ行く時は、帰路は高山に寄るというのがここ数年のパターンです。
高山はいい街ですがあまりにも観光客が多すぎます。昨年度行った時はそれがウソみたいにガラガラで、だからこそしっとりとしたいい雰囲気を味わうことができました。あんな高山を見ることはもうないでしょうね。
岐阜のメジャーな食べ物は、なんといっても飛騨牛。ブランド牛で、高山でも食べました。確かに美味しいんだけどちょっと値段が・・・。ワタシのようなプロレタリアートは、市内のスーパーで売っている飛騨牛コロッケで十分楽しめます。
高山ラーメンも有名ですが、観光客相手なので個性的なラーメンを出す店が増えたように思えます。そのぶんフツーのラーメン屋の影が薄くなってきているのが残念かな。そもそも飛び道具感満載のラーメンをわざわざ高山で食べる意味はあるのだろうかと疑問なのですが。
道や景色もいいところがたくさんありますね。松本からの道や、開田高原を超える道、時間が許せば福井へ抜ける道をよく使いますが、一番のお気に入りははせせらぎ街道。道よし景色良し食べ物良しという極上ロードだと思っています。一度だけ紅葉シーズンまっただ中の早朝にバイクで走ったことがありますが、それはもう絶景でした。
葉っぱが落ちる音さえ聞こえそうな静けさの中、先行車のいないワインディングロードをぬるーっと走るのは、まさに愉悦。うっとりしながら楽しんでいると、後方からビート音が。そこからは流れる周囲の景色が早送りになりました。ただこの道の魅力はお互いわかっており、ハイペースになりすぎることなく戯れ合うように走ったことを覚えています。
岐阜に来た時のおみやげはもちろん ゲロ 下呂の香り一択です。見てよし・聞いてよし・食べてよしという三方良しのお菓子です。渡す相手の微妙な笑顔を見るためなら、コレを買うために遠回りすることをワタシは躊躇しません。そういえばこれに合わせて下呂の女、下呂便りで三大下呂銘菓と言われていたと思うのですが、この2つはいまでもあるんでしょうかね?
四国から距離的にもそう遠くないということもあり、比較的よく行く県になりました。たとえば
など、微妙に楽しい(いい意味で)所をあちこち回っています。
岐阜県は見て回るのが楽しい県ですが、
「イヤッッホォォォオオォオウ、岐阜に行くぜぇっ! ワクワクすっぞ! 楽しみで眠れねえ!!」
という所では(決して)ありません。「へぇー」とか「ほお?」とか言いながら見たり食べたりして淡々と回る、でもその割には記憶にガッツリ残っているという不思議な県です。魅力の効き方が漢方薬的というか、あとからジワーッとその良さがわかってくるのです。オーラや輝きは他県に比べると少ないかもしれませんが、いぶし銀の魅力を持ち、場合によっては主役を食っちゃう助演男優のような県ではないでしょうか。ワタシは大好きです。
ということで、ワタシの中の「岐阜成分」が少なくなってきたので、4月の半ばに信州へ桜を見に行く帰りに寄るつもりです。開田高原経由のR361が通れるか、そもそも高遠の桜がまだ残っているのかという不安材料満載ですが、勝負をかけてみます。もし行ければその時のレポートもブログにアップします。
では、このへんで。また4月にお会いしましょう。